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今までで一番若いシドニー・ルメット

2008/10/14

●原題:BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU’RE DEAD/2007年/アメリカ、イギリス/117分/2008年10月11日(土)から恵比寿ガーデンシネマほかにて日本公開
●配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

しがない人物像の掘り下げに用いられる時間遡行

(C)2007 CAPITOL FILMS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
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 ある事件の現場をまず見せられて、そこに関与する人々がいかなる事情でその事件に絡んでいったかを、人物ごとに時空を遡行して解き明かす。『その土曜日、7時58分』の前にも、つい最近同じ趣向の映画があった。そのピート・トラヴィス監督『バンテージ・ポイント』は、スペインでの米大統領狙撃の瞬間を目撃した8人もの人物(けっこうなスターたちが顔見せしていた)の視点を、総尺90分のうちに何度も遡行する——のだが、このパターンをとにかく反復しなくてはならないというお約束に映画が縛られて、最後にはいったい何のために遡っているのか判らなくなるといううらみがあった。この場合、8回の遡行のほとんどが事実の核心をあえてじらすだけの手段になってしまって、最後は単に引き延ばされていた謎の辻褄合わせが行われておしまいになる。そのことが観客も途中から見えてくるので、いいかげん手段と目的が転倒したような時間遡行に辟易してくるのであった。

 そんなわけで、時間遡行が「この続きやいかに」の寸止め感で観客を引っ張るだけの手法にとどまると虚しいものだが、老練シドニー・ルメットの『その土曜日、7時58分』はさすがにそういう安手のクリフハンガーには訴えない。のどかな郊外のアウトレットモールの小さな宝石店に強盗が押し入るが、経営者の老女の思わぬ反撃にあってしまったことから、この強盗一味がもくろんでいた楽天的で誰にとっても無傷であったはずの強奪計画は一転、とてつもない負の連鎖になだれこむ。そして、強盗の正体たちの横顔を探るべく時間遡行が始まるのだが、これが謎を煽るのではなく、ひたすら人物たちのしがない人物像の掘り下げに用いられているところが正解なのである。

ダメおやじたちの逆境と絶望という妙味

 したがって、この映画の妙味は通り一遍のサスペンスというよりも、犯行にかかわるダメおやじたちの鼻血ブーな逆境と絶望(シドニー・ルメットだとなぜか70年代に遡行したくなる)の描写のほうである。そして、二人のダメおやじに扮するフィリップ・シーモア・ホフマンイーサン・ホークのダメさ加減がたまらなく面白い。この兄弟役の芸達者は、入念な舞台演出ふうランスルーで知られるシドニー・ルメットのたなごころで実に機嫌よくこの愚かな役柄に熱中していて好ましい。

 「不動産会社の会計は明快で並んでいる数字がただ合算されればいいだけなのだが、自分の人生はなぜかそうは行かない。俺は頑張ったパーツがばらばらのままで、努力の積み重ねが合計にならないんだ」という兄のぼやきはけだし名台詞だが、さらに彼は厳格な父(アルバート・フィニー)にいい齢をして「自分より弟が見かけがいいのか可愛がられていた。長男の自分は家族のなかで浮いていた」とくだらない愚痴を並べて父の平手打ちを食らう。このように見栄っ張りなくせに被害者意識にまみれた弱い兄は、秘かに薬物の売人がいる予約制のマンションの部屋に通って注射をしては泣き言を並べ、売人からも「妻か医者じゃないと無理ね」と冷やかされる(この妖しげなシルクのガウンを着たゲイの売人がいる高層階のマンションという設定が効いている)。

とことん弱くて骨のない兄弟の愚かな地獄めぐり

 今ひとりのダメ男である弟は、離婚した妻に養育費も渡せず、学芸会で熱演した娘の「ライオン・キング観劇つきの遠足に行きたい」というささやかな願い事さえかなえられないので、「だめならだめと最初から言ってくれないと、ダメおやじだって皆にばれちゃう」と娘に罵られてぐうの音も出ない。かと思いきや、兄の妻(マリサ・トメイ)とはこっそり週に一度の情事に耽っていて、なんともけじめのない人生が続いている。兄の口車に易々とのせられて犯行に引っ張り込まれたあげく、予想外の惨事に動転してしどろもどろになり、あげくのはては共犯者の係累に脅迫されてほとんど放心状態の弟を演じて、イーサン・ホークは見事である。ついでにいえば、齢からすると見事な体型とコケットリーを保ちながら、容色にさすがに若干疲れが見えてきた完熟のマリサ・トメイが、まさにその年齢のステージを活かした好演で脇を彩っている。

 見栄っ張りな兄とは対照的に、万事なりゆきまかせに流されまくっている弟。表れかたは違ってもともにとことん弱くて骨のない兄弟の愚かな地獄めぐりが、切った張ったの活劇的場面よりもずっとサスペンスフルである。息子どもの負の連鎖を断っておとしまえをつけるのは、もはや彼らを生み育てた親に待つほかなく、この懊悩する老父をアルバート・フィニーが力演、彼のとある意表をつくやり方でブラックな幕切れとなる。アルバート・フィニーとシドニー・ルメットの取り合わせは、そういえば『オリエント急行殺人事件』であった。あのポアロ役と今回の怒れる老父とはまるでタイプの違う役柄だが、この72歳の名優も84歳の監督も33年前の『オリエント急行殺人事件』の老成ぶりよりぐんと若くなった感じすらある。

まんべんない丁寧さをむねとする職人演出はどうしたことか

 シドニー・ルメットは1950年代の生放送のスタジオドラマで演出のメソッドを身につけた職人であって、もともとTVスタジオの閉塞性を活かしたドラマであった「十二人の怒れる男」を筆頭に、箱庭的な世界観のなかに飛躍はないがこぢんまりと丁寧なドラマを描いてきた。「狼たちの午後」「ネットワーク」を連打していた頃のシドニー・ルメットのひとつのピークをなす時代、それらの社会派的な素材を監督がどう料理してくれるのか愉しみに観に行くたびに、作品の構成自体はいささかも激しいものではなく、常に舞台を限定してきっちりと物語る作風が見やすくもあり、いささかおとなしくも感じられた。そもそもどんなにアクチュアルで尖鋭な素材を持って来ても、シドニー・ルメットの大胆な緩急よりはまんべんない丁寧さをむねとする職人演出にかかると、映画の途中で必ずダルな部分が出てきて必ず眠くなった。もっともそれは職人の律儀さゆえのことなので性質の悪い眠気ではなく、私はむしろシドニー・ルメットの安定性から来るダルさと眠気を愛していたともいえる。

 それがどうしたことか、84歳の新作の凝縮度合いには、かつてのシドニー・ルメット作品につきものの睡魔がまったく訪れなかった。『その土曜日、7時58分』は私がはじめて眠気を感じなかったシドニー・ルメット作品である。眠くないどころか、はたしてあの制止する父の声をせなで聞いたかどうか、不肖の次男がどこでどうなったやら、ひじょうに気になるところだ。

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