『ゲット スマート』
●原題:Get Smart/2008年/アメリカ/110分/2008年10月11日(土)より日本公開
●配給:ワーナー・ブラザース
●配給:ワーナー・ブラザース
控えめなユーモアの達人カレルの配役は自然な流れ

(C) 2008 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED
それはそれで、自然なことに思えたのだろう。60年代TV界を代表するスパイ・パロディ「それ行けスマート」を、スティーヴ・カレル主演でリメイクするということについてだ。
オリジナルでドン・アダムスが演じた、特殊な才能を持ちながら少し足りない秘密諜報員マックスウェル・スマートを、“The Office”(米人気テレビ・コメディ)の突拍子もなく、それでいて控えめなユーモアの達人であるカレル以上に、現代的に演じることができる俳優はいないだろう。しかし結局のところ、劇場版『ゲット スマート』は、突っ込みどころ満載の作品に終わってしまっている。主人公には奥行きがなく、ヒロインは愛らしく描かれすぎ、冷戦はとっくの昔に終わっている、というところ。そんなわけで、ピーター・シーガル監督の型にはまったパロディ作品は、どっちつかずのものになってしまっている。オリジナルに忠実ということもなく、かといって21世紀風のアレンジがなされているとも言えない。カレルの人気にあやかり、十分な興行成績をあげることも予想されている。少なくとも、最初の数週はそうなる可能性がある。しかし、結局どこをとっても、興奮して大したものだと言うことを許されない作品であることに変わりはない。
オリジナルでドン・アダムスが演じた、特殊な才能を持ちながら少し足りない秘密諜報員マックスウェル・スマートを、“The Office”(米人気テレビ・コメディ)の突拍子もなく、それでいて控えめなユーモアの達人であるカレル以上に、現代的に演じることができる俳優はいないだろう。しかし結局のところ、劇場版『ゲット スマート』は、突っ込みどころ満載の作品に終わってしまっている。主人公には奥行きがなく、ヒロインは愛らしく描かれすぎ、冷戦はとっくの昔に終わっている、というところ。そんなわけで、ピーター・シーガル監督の型にはまったパロディ作品は、どっちつかずのものになってしまっている。オリジナルに忠実ということもなく、かといって21世紀風のアレンジがなされているとも言えない。カレルの人気にあやかり、十分な興行成績をあげることも予想されている。少なくとも、最初の数週はそうなる可能性がある。しかし、結局どこをとっても、興奮して大したものだと言うことを許されない作品であることに変わりはない。
オリジナル版よりも親しみやすく、傷つきやすいマックス
NBCによるオリジナルのシチュエーション・コメディに変化を加えるため、シーガル版『ゲット スマート』は、マックスをより親しみやすいキャラクターにしている。脚本のトム・J・アッスルとマット・エンバーが、マックスウェル・スマートがいかにして彼という男になっていったかという、原作にはないオリジナルのストーリーを作り上げたのだ。アダムスによって演じられた、クルーゾー警部風で、侮辱されたことにも気がつかないヒーローではなく、カレルのマックスは、謎のアメリカ諜報機関「コントロール」において、やる気があって、誠実で、傷つきやすく有能なアナリストなのである。
根っからのガリ勉タイプであるマックスなのだが、実は現場でバリバリ活躍するスパイになることを、ずっと夢見ている。とにかく拳銃を撃って、敵と戦ったりしてみたいのだ。見事にスパイ検定試験に合格するのだが、チーフ(アラン・アーキン)が言うように、彼は現在のポストに欠かせない重要な存在。つまり、奥深い室内に留まり(彼の背後で、いくつものドアが音を立ててしまっていくシーンがある)、日々、民主主義のために、現場で世界の安全を守っていくエージェント23(ドウェイン・ジョンソン)のようなスパイが活躍するために、誰もが知っている退屈な“報告書”をせっせと作成し続ける運命にあるのだ。
根っからのガリ勉タイプであるマックスなのだが、実は現場でバリバリ活躍するスパイになることを、ずっと夢見ている。とにかく拳銃を撃って、敵と戦ったりしてみたいのだ。見事にスパイ検定試験に合格するのだが、チーフ(アラン・アーキン)が言うように、彼は現在のポストに欠かせない重要な存在。つまり、奥深い室内に留まり(彼の背後で、いくつものドアが音を立ててしまっていくシーンがある)、日々、民主主義のために、現場で世界の安全を守っていくエージェント23(ドウェイン・ジョンソン)のようなスパイが活躍するために、誰もが知っている退屈な“報告書”をせっせと作成し続ける運命にあるのだ。
“リメイクであること”を思い出させる仕掛けの数々
しかし、時は訪れる。コントロールの敵であり、邪悪なシーグフリード(もう、まったくの無駄遣いのように見えてしまうテレンス・スタンプ)率いるカオスが、コントロールのスパイたち、ほぼ全員の情報を開示してしまったときに、初めてマックスは、長い間、夢に見てきた昇進を果たす。そして、映画はそこから動き出すのである。
そんな状況の中、チーフにとっての頼みの綱は、完全な整形手術を施したことによって、再びおとり捜査が可能となったエージェント99(アン・ハサウェイ)以外にいない。はたしてマックスは、この困難を乗り越えることができるのだろうか? そして99とのコンビを生き抜き、任務をまっとうすることができるのだろうか?
オリジナルの作品に対して、敬意を示したり、意味ありげにしていたりする部分は、たくさんある。例えば、メル・ブルックスとバック・ヘンリー作によるオリジナル版の導入部分となる音楽や、マックスが複数の防犯ゲートを潜り抜けていくときの音楽などがそうである。これはこれで良いアイデアである。と言うのも、それがなければ観客は『ゲット スマート』を見ていることを忘れてしまうかもしれないのだ。
そんな状況の中、チーフにとっての頼みの綱は、完全な整形手術を施したことによって、再びおとり捜査が可能となったエージェント99(アン・ハサウェイ)以外にいない。はたしてマックスは、この困難を乗り越えることができるのだろうか? そして99とのコンビを生き抜き、任務をまっとうすることができるのだろうか?
オリジナルの作品に対して、敬意を示したり、意味ありげにしていたりする部分は、たくさんある。例えば、メル・ブルックスとバック・ヘンリー作によるオリジナル版の導入部分となる音楽や、マックスが複数の防犯ゲートを潜り抜けていくときの音楽などがそうである。これはこれで良いアイデアである。と言うのも、それがなければ観客は『ゲット スマート』を見ていることを忘れてしまうかもしれないのだ。
口やかましく自立しすぎている現代版のヒロイン
実際、観客は互いに想いを寄せる主役たちが、恋の駆け引きを行うといった、似たり寄ったりの他のコメディ映画を見ているのではないかと思い悩んでしまうかもしれない。これが、オリジナルの「それ行けスマート」と最もトーンの異なる部分である。60年代、マックスを崇拝するセクシーな女性として描かれていた、バーバラ・フェルドン演じるエージェント99は(しかもマックスよりよっぽどスパイとしての能力が高い)、今回、より自立し、同時に少々口やかましく描かれている。またハサウェイ演じる99は、マックスよりもずっと有能である。ただ彼女は、経験の少ないパートナーの自尊心をなだめる術を知らないのだ。
それにもかかわらず、競い合いと言い争いにもとづいた関係がそこにはあり、正直なところ、よくある“スパイ対スパイ”や“性別の壁の戦い”というものにしか見えず、ブルックスとヘンリーが仕立て上げたおバカな精神を踏襲できていない。確かに、時代は変わっているし、“従順な99”ということでは、現代の観客には受け入れてもらえないかもしれない。しかし、コメディのエッセンスの多くが、こういった翻案を通して失われてしまっていることも確かだ。
それにもかかわらず、競い合いと言い争いにもとづいた関係がそこにはあり、正直なところ、よくある“スパイ対スパイ”や“性別の壁の戦い”というものにしか見えず、ブルックスとヘンリーが仕立て上げたおバカな精神を踏襲できていない。確かに、時代は変わっているし、“従順な99”ということでは、現代の観客には受け入れてもらえないかもしれない。しかし、コメディのエッセンスの多くが、こういった翻案を通して失われてしまっていることも確かだ。
本来の魅力を捨て去ってまで名作をリメイクする意義とは
カレルは、まったくのオタクを演じる一方で、自意識過剰であり、オリジナルのマックスに対するオマージュを捧げようというニュアンスを出しすぎている。“The Office”のマイケル・スコット役で見せた彼の天才的な才能は、ここでは見ることはできない。スコットと(オリジナルの)マックス・スマートが、彼らの行動の原因であり、言い訳にもしている“他人との客観的な距離を保つ”という共通点を持っていることを考えれば、期待されていたことも納得できる。
カレル演じるマックスは、上品で賞賛に値し、控えめな機知と面白さを振りまいている。それは、カレルの演じる役柄としても、現代的なヒーローとしても、ふさわしいレベルのものだ。しかし、彼がスパイ・コメディの主演として最適かというと、そういうことでもなさそうである。
オリジナルのTVシリーズに長い間、思いを寄せ続けている人もいれば、カレルが『リトル・ミス・サンシャイン』で見せたように、俳優としての才能を伸ばすことができると期待している若い観客の中もいる。だが、自分たちの創造性の源となった要素を捨て去ってまで、「それ行けスマート」をリメイクする必要があったのだろうか……?
カレル演じるマックスは、上品で賞賛に値し、控えめな機知と面白さを振りまいている。それは、カレルの演じる役柄としても、現代的なヒーローとしても、ふさわしいレベルのものだ。しかし、彼がスパイ・コメディの主演として最適かというと、そういうことでもなさそうである。
オリジナルのTVシリーズに長い間、思いを寄せ続けている人もいれば、カレルが『リトル・ミス・サンシャイン』で見せたように、俳優としての才能を伸ばすことができると期待している若い観客の中もいる。だが、自分たちの創造性の源となった要素を捨て去ってまで、「それ行けスマート」をリメイクする必要があったのだろうか……?











































