ヘッダーの始まり

グローバルナビゲーションの始まり
ホームニュース特集インタビュー動画コラムレビュー(選択中)ランキングフォトギャラリーピックアップ
最新映画情報V ブログ教えて!エンタ業界転職情報フロムジャパンV プラスメールマガジンプレゼント映画データベース
パンくず式ナビゲーション

のめり込むか、拒み続けるか
賛否がはっきり分かれる2人芝居

ブライアン・ローリー
2008/10/08

●原題:Nights in Rodanthe/2008年/アメリカ、オーストラリア/97分/2008年9月27日(土)から、サロンパスルーブル丸の内ほか日本公開
●配給:ワーナー・ブラザース映画

劇場からTV放映へ、永遠の命を手に入れたも同然の作品

© 2008 Warner Bros. Ent. Inc. © 2008 Village Roadshow Films (BVI) Ltd.
© 2008 Warner Bros. Ent. Inc. © 2008 Village Roadshow Films (BVI) Ltd.
 『運命の女』で共演したときは印象深かった(その何年か前には、『コットンクラブ』でもそうだった)ダイアン・レインリチャード・ギア。今回、さらなる共演となった『最後の初恋』では、そう印象に残るようなことにはならなかったようだ。本作は、「きみに読む物語」で一躍有名になったニコラス・スパークスによる小説を、慎ましやかに、しかし、きちんと効果的に映画化したもの。ありていに言えば、どっぷりとのめり込む観客と、かたくなに拒み続ける観客というように、賛否がはっきり分かれるような類の作品である。ただし、前者のような行動を選ぶ観客たちを、ガッカリさせはしないことは確かだ。レインは、若干歳のいった観客たちがお好みのロマンチックな女性映画に必要なマーケットのツボをしっかりと押さえており、興行成績もそこそこ手堅いものとなるはずである。その後は、“ライフタイム”というチャンネルで、何度も何度も際限なく放送されて、永遠の命を手に入れたも同然になっていくだろう、そんな作品である。

素晴らしい脇役に支えられ、2人芝居のように進行するドラマ

 ジョージ・C・ウルフ(『ブルース・イン・ニューヨーク』)がメガホンをとり、アン・ピーコックジョン・ロマーノによって脚色された本作は、脇役として、ほんの短い時間だけ出演する素晴らしい俳優陣(映画にはクレジットされていないジェームズ・フランコを含む)に支えられながら、2人芝居のように進行していくドラマである。

 エイドリアン(レイン)は、夫ジャック(クリストファー・メローニ)の浮気と別居にいまだ傷ついたままでいた。夫は、子どもたちを休暇でオーランドに連れていく前に、彼女に許しを請い、やり直そうと言ってくるが、彼女は友人のジャン(ビオラ・デイビス)が親から相続したノース・カロライナの海辺の小さなホテルを数日間手伝いながら、心の整理をつけようと決める。

40代半ばを過ぎた人々にとって、確かな安心材料&朗報

 そして、ポール(ギア)が登場。彼は医者であり、そのホテルの唯一のゲストである。彼はふたつの出来事から受けた心の傷を癒しに、そのホテルに来ていた。ひとつは失敗してしまった手術のこと。もうひとつは離れ離れになっている息子(フランコ)との関係であった。最初の出会いはギクシャクしたものであったポールとエイドリアンだが、ハリケーンが海辺を襲うと、2人はほぼ文字通り、吹き飛ばされるように急接近していく。そして、結果として起こるもうひとつの嵐(こちらの方はロマンチックで感情的なものという意味だが)に巻き込まれ、互いに本来の生活と家族を持つ同士の関係は、ますます混迷の度合いを深めていく。

 まったくもって薄いおかゆのような内容の素材に、見るべきものを与えているギアとレイン(それにしても、彼女はあまり飾り立てないほうが、ずっと輝いて見えるようだ)の、自然と息のあった姿に称賛をおくるべきだろう。彼らほどの実力がないスターが演じていたら、それこそホールマーク・チャンネル(比較的、古風なテレビ映画やミニシリーズを放映する米ケーブル局)の映画のようになっていただろうことは、簡単に想像がつく。2人とも、これから生まれるであろう新しい関係の可能性を前にした痛みを伝えるだけでなく、誰も予測していない、クラクラするような目まいにも似た高揚感を感じさせてくれている。これは、40代半ばを過ぎた人々にとって確かな安心材料であり、朗報として受け止めてもらえるだろう。

決して画期的ではないが、明け透けで悪びれるところのないロマンス

 『きみに読む物語』は、とても強く感情の琴線に触れた作品であり、同じくスパークス原作の『メッセージ・イン・ア・ボトル』や『ウォーク・トゥ・リメンバー』を手がけたデニーズ・ディ・ノーヴィが製作を担当しているにもかかわらず、『最後の初恋』は、これらの作品の狭間に落ちてしまっているようだ。物語の中には、つつましいラブシーンや壮観な海辺の風景、エイドリアンが浮気性の夫のためにあきらめていた自分自身の夢を取り戻すことができるのかといった疑問など、行間を埋めてくれるような部分もあるが、どこか明らかに古臭いところがあることは否めない。

 折につけ、もっと抑制を利かせたほうが良くなったのでないかと思わせるところがある。ジャニーン・テソリの忙(せわ)しないスコアが、そのひとつ。ただ、それを変えてしまうと、惜しげもなく愛や喪失、2度目のチャンスの可能性を語るスパークスの方程式ではなくなってしまうのだろう。『最後の初恋』は、決して画期的な作品ではない。しかし、明け透けで悪びれるところのないロマンスという、ますます珍しくなりつつある激情的な作品を待ち望んでいる人々には窮余の策で、「どんな港でも嵐の時はありがたいもの」という、ことわざがあてはまるのかもしれない。

BOOKMARK Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 Buzzurlにブックマーク はてなブックマークに登録   E-MAILメールで送る   PRINT印刷する


パンくず式ナビゲーション
広告エリアの始まり

フッターナビゲーションの始まり
フッターの始まり